2009-03-22

breath in blue

落としたのなら、正直に、そう言うといい

だれも、君を責めたりはしないから


君はもう、それを失ってしまったのだろう
遠い渚の、アスファルトの防波堤の、いつだったか腰掛けて、
ぬるいコーラを飲み干したあの場所に

戯れる蟹もいないあの砂浜には、砂の城すら築かれなくて
高台の灯台守は、ふもとで遊ぶ子供らに、怒鳴りつけることさえもなく

だた丘を昇り、船を見て、いい気持ちで深呼吸している彼らに
優しく笑ってみようかと、鏡を見ながら、微笑む練習をはじめて

いい加減、上手に笑えるようになった時には
彼らの姿はもうなくて
灯台守は仕方なく、沈み始めた太陽に、こっそりと笑顔を向けてみたりする


中身のすっかり干上がったコーラの空き缶が
ザリガニのすみかとなるまでに
今朝来た子供らはいつしか、安定と節約という魔法の呪文で
この世界は出来ていることを知り
大人になると言うことが
どんなものでも数えられるようになることと、ほとんど同義なのだと悟って

無限に広かった海はその時、小さな一リットルのバケツの中に収まってしまい
悠久に拡がった丘の上の空はもう、僕らの空ではなくなってしまうその瞬間を乗り越え

いつだったか、思い出が、夢と同じに、頭の中にしか存在しないことに気づいて
ただ泣き叫ぶ石の上で

残酷なのは破れた夢ではなく破れずにいる思い出

消せない過去ではなく、描けない未来

現在という点から、一歩も外に踏み出せない僕らは
未だ広い海の前で途方に暮れながら
いつしか日は沈み

笑顔の練習をしていた灯台守すらも眠ってしまって
ただ、空き缶を握りしめながら

海ばかりを見ていたことに気がつく

シャドウズクライ

偉そうなことを言っている自分に嫌気が差してある晩、自分を抜け出しました。

こっそりと夜空に光る月は、誰しも、見てみないふりをしていると決め込んでいて、本当はその細い目の奥で、せせら笑うように、鉛の瞳が僕をとらえて放さないのを、僕は知っていたのです。


いつもは車の通りの激しい環状線は、今夜はやけに静かで
車のない道路は、気の抜けたサイダーよりも、もの悲しく

太い道路に掛かる、細長い横断歩道の真ん中で、一瞬立ち止まって
右手から流れてきて、左手に流れ去る、なにものかの葬列をただ黙って見送りました

ご遺体は麻布にくるんで
月夜の晩に埋めましょう

そう言うあなたこそ
まだ、ここで斯うしていいのですか?

ああ、いけない
プシュケーの旅路も末路。
ご婦人方、お気をつけなさい
暗闇は、人を迷わすもの。取り込まれた人間は数知れず
あなたも、わたしも、そのひとり

男が一人葬列を離れて、誰もいないくらい脇道へと
静かにそれていきました

私はそれを、環状道路の真ん中の、
人々が安全地帯と呼ぶ小さな花壇の真ん中に座って
両脇を地獄の葬列がものすごい早さで、風のように流れさっていくのを、ぼんやりと眺めていたのです。

車からは無い物とされ、歩行者には、孤立と恐怖だけを与えるその安全地帯は、
自分だけ安全であると言うことが、いかに寂しいことであるのか
わたしに教えてくれました


時には危険の方が
人は喜びもするのです

ザイルの存在に気づくのは、それが宙に浮いた時なのです

わたしはそれを見落としていました。

優しさが時には絆を断ち切るのを
わたしは忘れていました


月はますますその目を細めて、もうほとんど半狂乱のようになって、わたしを見つめ続けています

わたしはその月に弓を引くまねをして
見えない葬列を横切って、脇の道にそれていった男の、足取りを追うのでした。


自分が、自分から巣立って、七日目の晩のことでした。