新たな入部者も現れず、さらに数日がたったある日、僕は教養の授業を受けるために入った講義室で、何とあのカタクリ嬢に出会った。決して華やかな格好をしているわけでもないのに、きれいな人が入ってくると、どうしてこうも、周りの空気が変わったように感じるのだろう。
その頃になると、向こうも自分のことを覚えてくれたようで、ふと目が会った拍子に、ちょっと会釈してくれた。
自分に気づいたときの、普段より目を大きく開けた表情がとても印象深くて、きれいな女の人とまともに顔をつきあわせたことのないガマ男はその間に椅子5つ分の距離が開いていたことも忘れて、まるで隣に並んで座ったかのようにどぎまぎし、授業中も、右へ左へ走る講師の動きより、前を見すえてちっとも動かない彼女の静かな横顔に興味を奪われていた。
こんな、すてきな娘と知り合えるなんて、
僕は思っていた。
理学は役にも立たないと言うが、少なくとも今この瞬間は、
おれは理学に生かされている。
恍惚と妄想にくれた一時間三十分の後、僕はしばらく、彼女の残り香から離れられずに、講義室でゆっくりとノートを片付けていた。
同じ授業を取ってたなんて、何で今まで気づかなかったんだろう。
あの子、ずいぶん窓側に座ってたな。
次は、僕も、窓側に座っていよう。
そんなことを、とりとめもなく考えているうちに、ふと、後ろから人の気配が近づいてくるのを感じた。誰か、女の人が、講義室の後ろの入り口からこちらに向かって、真っ直ぐに、しかし、驚くほどゆっくりと、進んでくる。
間違いない。
間違うはずもない。
このヒールの響き。
長い足の扱いに困るように、乱れがちな靴音のリズム。
ウリ坊のそれではない。
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