2010-01-17

雪と、神社と明かり

【今日やったこと】

論文読みまくり。
読んだふり、読んだふり

◇◇◇


昨日、もう日もとっくに暮れた時間である。
買い物から帰る頃合い、外はひどい雪だった。

家から出る時でさえ、いくらも雪は降っていたのだが、郊外のスーパーの大きなガラス張りのエントランスから見つめる外の景色は、雪と言うより、霞みのような光景だった。文字通り、視界が効かない冬の空。駐車場を照らす高出力の街灯の光りを浴びて、雪は心持ち、紫色の鈍い燐光を放っているようにさえ見えた。

僕はいつもより、少し重ね着をして、買ったばかりのフェイク・ファーのコートを羽織り、身を縮めるようにして、外に出た。扉が開いた途端に吹き込んできた凍てついた空気が、無防備な耳や頬をちりちりと冷やし、体積の小さな立方体の中に押し込まれた丸い球のような、不釣り合いな窮屈さを感じた。

何処まで続くのだろう。
分かっている道なのに、そんな気持ちを覚えるほどに、帰りの雪道は長く感じられた。行き交う車は、皆ボンネットに厚い雪を重ね上げて、髭を蓄えた遠く北国の老紳士のような、厳かな穏やかさを伴って疾走していく。ボボボ、と言う雪を踏みつけるくぐもった音が、スタッドレスタイヤ履きの彼らの足下から聞こえてきた。片栗粉を指で押しつける時の感触を、それとなく冷えた指先に思い出しながら、僕は道を急いだ。

ふと、角を曲がり、前を向いた時だった。若い3人の男女が、僕の左手の方から、目の前の長い横断歩道を渡って、僕の歩く道沿いにやってきた。彼らは僕の数メートルほど前で左折し、僕の前の道を先行して歩いていく格好になった。よほど急いでいるのか、歩くスピードも速い。3人で歩いているとは思えないほどに、せかせかと、僕の前を歩いていった。
男の子が二人に、女の子がひとり。
僕はその様子から、大学生位かと想像した。
彼らはしきりに、小さな声で何か話しているようだが、話の内容まではこちらには聞こえない。ただ、仲は良さそうだが、三つ並んだ彼らの灰色の背中からは軽い笑い声でさえ漏れるようなことがなかった。

何処に行くのかな。少し気になった。
時間は既に8時を過ぎている。彼らの様子からして、これから夜遊びに行くような浮ついた空気は感じなかった。僕は彼らの後を歩きながら、背を縮め、それとなく思いめぐらしていた。

数分が経ち、疑問はすぐに氷解した。
彼らは、少し歩いた後、3人並んで道沿いにある諏訪神社の小さな分社の鳥居をくぐったのだ。

ああ、そうか。
僕は思った。

明日は、センター試験だった。

普段は訪れる人もいない、小さな分社である。僕も、何年か前の正月に初詣に来てから一度も訪れてはいない。

雪の中にぼんやりと浮かぶ、諏訪神社と書かれた提灯が、彼と彼女らの不安げで、何処か引き締まった横顔を、一瞬照らし出した。

あんな時期もあったっけ。
僕はなんだかおかしくなった。
当事者である彼らには申し訳ないが、何で、あんなことに一喜一憂していたのか、今ではよく分からないようになってしまった。

いろいろな人生を知り、いろいろな道筋があることを知って、意味も分からず大学の偏差値と、自分の偏差値を探り、照らし合わせ、溜息をついていたあの本末転倒の一年間が、実に狭い価値観の、ひとつの表徴に過ぎないことを嫌と言うほど身につまされた。

『人生はクローズ・アップで見れば悲劇だが、引いてみれば喜劇である』
そう言ったのは、チャップリンだったか。
時間が経って傍観すれば、その記憶が真面目であればあるほど、なんだかおかしく、切ない記憶に変わっている。

彼らも、後何年か後には、今のこの緊張感が、幾段階かの発酵を経て、なんだかおかしい、くすぐったくなるような記憶に変わっていることに気がつくだろう。

そんなときを、楽しく、明るく順調に迎えられたらいいな、と、似合いもしない祈りを込めて、目をつむった。