2008-04-03

午前三時の妄想-4

作者注;以下の文章は相当疲弊した時に書いた物です。
理性の働きがだいぶ落ちています。(今日は全体的に疲れ切っています)
あんまり、よろしくないかも。嫌いな人は飛ばして下さい。
--
なぜか昔から、
こういうレイプなシーンを見ると、
完全に男の立場になれない自分がいました。

なんか、どっちも大変そう。
そう言う感覚は、今だにあります。
冷静とは、つまらない物です。

まえに誰かに教えた詩の続き。
(現代文語訳)

“...自分とそれからたったもう一つのたましいと
完全そして永久にどこまでも一緒に行こうとする
この変態を恋愛という

そしてどこまでもその方向では
決して求め得られないその恋愛の本質的な部分を
無理にでもごまかし求め得ようとする
この傾向を性欲という --- 宮沢賢治”

性交渉より、愛が欲しいです。

...だいぶ疲れてんな、おれ。

本日の妄想は、生理的な恐怖、がどうやらネックのようです。
書いているのは筆なので、僕ではありません。
それが深層心理にしろなんにしろ、どうしようもないです。
そういうの嫌いな人は読まないで。

他に、もっと健康的(?)な詩や文章も、いっぱい書いてあるから。

追記;
後でよく考えてみたら、太陽は人間の道徳の象徴でもあります。
「お天道様が見てる」ってやつ。彼女が太陽を遮ろうとしたのは、
あるいは自分の道徳にふたをしようとしたためかもしれません。

--

A blink of the sun

ジグザグの通り。48番街。
そこは嘗て、『ブラック』とまで言われた通りで、その場所を知らない人間がうかつに近づけば
たちまち追いはぎに遭い、一文無しにされ、挙げ句の果てには命まで奪われるそんな通りだった。そう聞けば多くの人は、ニューヨークあたりの、ハーレムを想像するかもしれない。
しかし、ここは日本だ。
正真正銘、日本の真ん中の、日本人だけが住む下町の通りなのだ。
いつからそんな暗い影のつきまとう場所になったのか。
それを正確に知るものも今では少ない。
以前から住む者は、一人、また一人と減ってしまって、今では路地の一番奥のバラックのような小屋に住む『権じい』以外にこの町の古い習わしを知るものはいなくなってしまった。
「ねえ、権じい」
美由紀は尋ねた。彼なら、聡の行方を知っている。そう言った者がいたからだ。
権じいはもはや目もろくに見えなくなったかなり高齢の老人で、果たして意識すら、まともに働いているかを危ぶまれるほど日頃はぼんやりしていた。
「私の息子を捜しているの、このぐらいの、小さな」
美由紀は右の手で、果たして見えているかも怪しい権じいの前に、その子の身長を示した。
「小さな男の子なの」
権じいは、その説明を聞いてもうんともすんとも言わなかった。ただ笑って
「そうかい」
と言っただけだった。
「そうかい、って...」
やっぱり、こんなおじいさんじゃダメなんだろうか。
美由紀は思った。
こんな町の人の意見をすんなり聞き入れた私が馬鹿だった。こんな嘘つきだらけの危険な街で、
私はたぶらかされているんだろうか。
権じいは以前として、何かを言う出す素振りはない。
美由紀の顔すら、ちゃんと認識しているか、怪しかった。
「ねえ、おじいさん」
美由紀はそれでも、子のもうろくした老人に尋ねた。他に心当たりなど無いのだ。
「本当に知らないの?」

聡は、美由紀のたった一人の息子だった。
その父親が誰だったのか、彼女は正確には分からなかった。
当時、彼女には、後の夫となる男がいたが、その男が正確に父親である可能性は、半分だった。
もう半分は...。
美由紀はその顔を、なぜだかよく思い出せない。
来客があり、玄関を開けたとたん、彼女はそこに押し倒され、
気がついたときには、全てが終わっていた。
彼女はあまりのことに驚き、放心していた。
若い男だったようでもあり、中年ぐらいだったようでもある。
彼女の耳の奥には、絶頂を迎えた男の、馬の嘶きを思わせるような動物的な奇声だけが
かすかに残っていた程度だった。

彼女は、目が回るようだった。
目の前が真っ白になり、真っ暗になった。
そして、気がつくと、お昼過ぎだったはずの時間は、夕方になっていた。


正気を取り戻し、まず思い浮かんだのは、彼の顔だった。
彼の、いつも優しい笑顔が、目に浮かんだ。
せっかくつかみかけた、彼との幸せなのに、
ここで、離すわけにはいかない。
夢だったと思おうとした。
しかし、彼女の内部には、うずくような痛みがまだ残っていた。
それは残酷に、彼女の身に降りかかった悪魔のような男の存在を主張しているようでもあった。
彼女は、しかし、認めるわけにはいかなかった。
結局それを秘密として押し通した。

まもなく彼女は、一人の子を身ごもった。
「あなたの子よ」
彼女は言った。
彼はたいそう喜んだ。笑うと細くなる目を、更にいっそう細めて。
彼の喜ぶ顔は、彼女も好きだった。
だから、これでいいんだ、と彼女は思った。この子は、私たちの間の子。

たしかに、実際に、そうかもしれなかった。
しかし、そうでないかもしれなかった。
いくら、不用意であったとはいえ、たった一度のことで。
彼女はそう考えようと努力していた。
決定的な検査をしない限り、その不安をいつまでもぬぐい去れないことは、
暗黙のうちに承知していながら、彼女にはその勇気が持てずにいた。

いずれにしろ、この子は育てなくてはいけないのだ。
彼女は思った。
誰の子であろうと、生を受けた以上、今更捨て置くわけにも行かない。
彼女は、自らの子を不義の子として恨むにはあまりに人が良すぎた。
そして、完全に恨むほどの根拠がないことも、事実だった。
たとえ、真実がどうであったとしても、恨むべきは、
あの悪魔のような出来事であって、この子ではない。そう思うようにしていた。

実際彼はこの子の誕生を、本当に心待ちにしていた。
ただでさえ、後ろめたい思いを抱えながら、更に彼の期待を裏切るようなことはだけはしたくなかった。

その子は順調に発育し、そして一人の男の子として生を受けた。
彼によりその子は聡と名付けられた。
彼は聡をたいそうかわいがった。実際、目の形がどことなく、彼に似ていた。
彼女はほっとした。間違いない。こんなに似てるんだもの。

彼はすぐに、2人目を作ろう、と言いだした。
確かに、それは当初から予定されていたことだった。
兄弟がいなくちゃ、かわいそうじゃない。
それは結婚前、彼女が言い出したことだった。
彼女は快諾した。

しかし、なかなか二人目の子は授からなかった。
2年がたち、3年がたっても、その兆しはなかった。
彼は訝しんだ。
まず美由紀の方が先に疑われ、病院に行ったが、特に異常はないと言われた。
続いて彼が受けた検査で、驚くべき事実が判明した。

彼は、無精子症だったのである。

「これは、ちょっと遺伝子を調べてみないと分かりませんが」
青白い顔をした痩せた医者は言った。
「ひょっとすると、先天性の物かもしれませんね。」

「先生、まさかそんなはずはありません」
彼は言った。
「現に僕らは、すでに子供を一人もうけているわけですし。」
「ああ、そうなのですか」
医者は言った。
「ならば、先天的と言うことはないかもしれませんが...。いずれにしろ、珍しい症例ですから、研究のために、遺伝子を調べさせていただいてよろしいですか?」
「必要のない検査はしなくても...。」
付き添っていた彼女が彼に言った。
しかし、彼は首を横に振らなかった。彼は医師に向かって言った。
「お願いします」
そして彼女の方を振り向くと、
「今のままじゃ、結局、聡の兄弟を作ってやることはできないだろう?検査して原因がはっきりすれば、治療もできるかもしれないじゃないか」
そう言って、あの彼女の好きな笑顔を見せてくれたのだった。

「ねえ、権じい」
権じいは依然として、返事をしない。
ただ、急に春めいてきた陽気の中で、彼の首はうつらうつらし始めた。
なんて、のんきなおじいさんなんだろう。
彼女は思った。
どうして、こんな危険な街で、
彼のような無防備なおじいさんが襲われてしまうことがないのだろう。
災厄は、人を選ぶのだろうか。私のような人間には、躊躇無く襲いかかってくるような物が、
一部の人間には全く降りかからずに、済んでしまうものなのか。
それは全く、この危険な街の、一種ミステリーと言っていいように思われた。

「どうだい、分かったかい」
帰り際、彼女に、権じいのことを教えてくれた男が、再び話しかけてきた。
どうやら心配してくれていたらしい。
「全然」
彼女は力なく答えた。

「そうか...。あのじいさんなら知ってるかと持ったんだが...。悪いな、無駄足踏ませたみたいで」
男はまるで自分のことのようにしょげかえっていた。
「いいのよ。そんな、気にしないで。あなたの所為ではないんだから」
彼女はそう言って、彼を慰めた。
そうか、
そう言って彼は顔を上げた。
その表情は、よく見ると、以前もどこかで会ったような気がした。

そのとき彼は、傾きかけた午後の太陽を背にしていた。
その顔は太陽を背景にして、一つのシルエットになっていた。
そのシルエットを、彼女は、彼のおなかの下から見た様に錯覚した。

その固いおなかの皮にこすられた気がした。
そこに生えた毛の一本一本の感覚を彼女は、再び撫でられたかのように思い出した。
何かの音が聞こえた気がした。
あの日の痛みが繰り返し繰り返し思い出された。
内蔵をかき回された。
あの日の彼と彼女の動物的な臭いが蘇った気がした。
なすすべのない恐怖がせり上がってきた。
落涙、嗚咽、嗚咽、呼吸...、彼女はおなかの下から、それを見上げていた。唾液が落ちてきた。一人の、男の....、目前の戸口はあまりに遠かった。悲鳴を上げたが、声にはならなかった。
太陽は眩しかった。太陽に見られている気がした。太陽は見ていた。疑いもなく見ていた。

見ないで欲しい、見ないで欲しい....、

彼女は手を伸ばした。太陽を遮ろうとした。
しかし、その手は虚しく空を掴んだに過ぎなかった。

彼女が掲げた手の先で、太陽はその崩れゆく女を
瞬きもせず見つめていた。


不意に、彼女は背筋にぞっと寒気が走るのを感じた。
今自分がいる場所を一瞬忘れた。
目の前の男から、自分の体を抱えたまま
自然に後ずさりしている自分に気づいた。

理由は分からなかった。
ただ、純粋に、恐怖だけが湧いてきて、
そして反射的に彼女の体は戦慄し、顔色はたちまち青ざめた。
男は、美由紀の様子が急におかしくなり、今にも倒れそうになったのを見て、ふとその腕に手を掛けた。
彼女は、咄嗟に、その腕を払った。
「さわらないで」
彼女は言った。
「...さわらないで...。」

彼は、一度出した腕をどうしたらよい物か困っている様子だったが、やがてそれを引っ込めた。
その目は明らかに彼女を心配していたが、彼女の耳はその向こうに、
かすかに、馬の嘶きを聞いた気がした。

神はエッペンドルフチューブの中に

科学の神様がいるとすれば
それは女の神様だと思う

だって

これだけ入れ込んでも、
見向きもしてくれないのだから。

結局、何から何まで
片思いばかりの
自分。

狡猾な僕ら

君の見ている赤と
僕の見ている赤が、同じ赤だとは、どうして言えるだろう。

僕の赤を頭の中から取り出してきて、
君の頭の中と比べないことには、何とも言えない。

ただ、僕らはそれなりに狡猾だから、
生活の上で矛盾が生じない程度に
お互いの赤をすりあわせて生きていることだけは、事実だ。

でも、
僕の見ているあの人と、君の言うその人が
どうやら同じ人のようだと言うことは
君がいくら狡猾に、嘘をついたところで、
なんだか分かってしまうのだ。

君は好きなんだろう、あの人を
僕は、赤い色は、嫌いじゃない

同道

生まれたときは無色透明だったはずの
世界のあらゆる事物に

生きていくことでいろいろな色が付き、
曰くが付き、まどろっこしい言い訳が付き
意味が付き、理由が付き、トラウマや、アレルギーや
その他のくしゃみのような物の原因にされて

コンビニでメロンパン一個買うだけでも、
それにまつわる幾人かの人の顔を思い出し
思わずにやけて見たりする

メロンパンに封じ込められた、思い出の対象者は
さぞ、迷惑だろうにとは、思いながらも

僕は甘すぎるメロンパンをかじりながら、なおもその中に
ほのかに苦い味を探そうとしている

もっといろいろな臭いのするコーヒーは
すでにすっかり冷えてしまって

もっともっとくどい味のするウィスキーのボトルの中には
忘れたい思い出たちが、その褐色の瓶の向こうから、
こっちを見て笑っている

それを飲む度に僕は、こんな人たちを、こんな大好きな物に
封じ込めてしまったことを、心から後悔し
それによって、また一つ味わいが増えてしまったことに、また後悔するのだ

“スシ”を“スス”と発音する地域に生まれて

【今日やったこと】
蛋白精製。
久しぶり。

研究は後戻り?
それともある意味進んでる?

まあ、後ろ向きに進まないことには、
後戻りにも、ならないんだけど。


◇◇◇


昨日飲み会で、今日寝坊して、
偶然付けたテレビでやっていた、
『スシ王子』の再放送の、
あまりのばかばかしさに、
思わず見てしまった自分の、
ばかばかしさ。

踊る阿呆に、見る阿呆。
同じ阿呆なら....、

不機嫌な朝

なんだか知らないけれど、

とても不機嫌な目覚め。

空は曇り。

風はない。

カラスが鳴いている。
カモメも叫んでいる。

頭はぼんやりしている。
いつものようにコーヒーの香りだけで、朝を感じるほど
生やさしい物ではない。

“朝”はどこにあるのだろう。
昔、どこかで見た、あの、すがすがしい
一日の始まりを実感する、朝という時間は
自分の前から失われて久しい。

あるのは、
おはようございますと相手に言って
変な顔で見られないうちが朝という
漠然とした境界だけ。

トーストはない。
目玉焼きもない。

電子レンジのぶつくさ言う音と
凍ったご飯のざわめきと
フリーズドライの味噌汁の香りが
僕に、失われた朝を
廃墟に放り出されたような孤独と不安の中に
しずしずと再現するのだ。

音楽の始まり

ジャズが詩なんだったら、

交響曲は物語で、

ロックは叫びで、

ポップス一般はロマンスで

演歌は人情物で

ラップはそのままつぶやきで、

なんかそう言うお話に
ちんちろちんちろ、音を付けたのが、
そして音だけ取り出してみたのが、
そもそも音楽なんじゃないかって
最近、思ってる。

理由

最近『妄想』と称して超短編ばっかり書くわけ。

これらの文章は全部、設定も落ちも考えずに、
浮かんでくる言葉をとにかく繋いで作った
即興なのですが、自分は、その方が、なんかいい文章を書けた気がしているし、
書いた後にすっきりします。

制作期間は長くて1時間半。簡単な編集含め。

おそらく、小説の本来の目的って、こういうものなのかもって気もしています。
ど素人が偉そうに言うことでもないけど。

アドリブで演奏しきる、ジャズ・ピアニストみたいに、
即興的に、文章書けたらいいな、と言うのが、この『妄想』シリーズです。

気分転換としては最適。
でも、相当集中して書いているので、
書いている最中は、自意識はほとんど無くなっています。

おそらく、この世の者とは思えない表情で書いているのでしょう。
人間の一番の幸運は、意識しなければ、自分の姿が見えないことだと思っています。

翌日

へー。

おれにも、こんな文章書けるんだ。

根本的な発想は、何も変わってない気がするけど。


人物の表現は意外にまあまあなんだけど、
状況がよく分からない。
結局何しに来たの?こいつら?
どういう関係?

最後、どうしてべらんめえなの?

まあ、いいか。酔ってたし。

午前三時の妄想-3

【今日やったこと】
そりゃあ、大腸菌の培養さ。

ほかに、なにがあるってんだい?
◇◇◇


酒飲んで、泥酔して、書いた文章。
たぶん明日、覚えてない。
でも、僕の真実。一つの、ロックさ。
下品。
嫌いな人、読まないで。

--
Dagger, in the Jack's pocket
(You are ass hole, my honey.改題)


「なんで?」
彼女が言った
「何で、そう言うことになるの?」

東京、神田付近のファミレス。
僕らの行きつけの、店の一つ。
そこで彼女は大きな声を上げている。
僕らの空気が凍る。
「美佐子、ごめんよ」
孝史が言う。
「健二が、どうしても、無理だって言うから」
孝史は、結局“いい奴”なのだ。そう言って、いつも僕の所為にして、話を終わらせようとする。

「え?、また健二なの」
美佐子は言う、その目は僕を明らかにさげすんでいる。
「いい加減にしてよね、私をいくら待たせたら気が済むの」
彼女は、その切れ長の目で僕に迫る。
それは見方によっては狐のように鋭く、
一方で猫のように妖艶だった。
「ごめん」
僕は謝った。彼女の前では、下手な口をきくだけ無駄だ。
自分のプライドなど捨てて、一匹の虫けらになったつもりで、侍るほかない。
それが、いかに僕にとって屈辱だとしても、それが僕らの礼儀であり、最大の愛情表現だ。
「意地のない男」
彼女が鼻で笑った。
僕は卑屈に笑った。
心の中では、くそったれ、と思いつつも。

女の虚勢など。
僕はあくまで心の中でだけ、強がりを言っていた。
いざとなれば、たいした問題とならない。
僕は思っていた。
男を知らない女ほど、自分がサディスティックかマゾヒスティックか気にするものだ。
しかし結局、女は、その体の構成上、徹底的なサディスティックな存在にはなれっこ無いのだ。
僕は心の中で蔑んでいた。世の強がりな、女という存在全てを。

それは男を知らないが故、意気がれる、ガラスのような虚勢だった。
それだけに、僕らには、それは儚く、哀れですらあり、そして美しかった。

「ふん。斉藤」
彼女は僕の名を名字で呼んだ。まるで、僕を足下でも及ばない存在にまで見下したと言わんばかりに。
「あんた、私にそんなことを言う権限があるの?」
僕は心の中で、爆笑した。
へ、何言っていやがる、この世間知らずの童女め、
男のなんたるかも、知らないくせに、SMの女王気取りだ。
「ごめんなさい、美佐子さん」
僕は言った。あくまで申し訳ない表情を取り繕ったまま。
「僕はその日予定があるんです」
僕は言った。
「あたしより優先する予定ってなに?」
美佐子は言った。
極めて整った顔。そして絶対的な容姿。
彼女はそれが全てだった。形こそ、彼女だった。
その表情は、自信に溢れていた。
あばた顔の僕など、虫けら程度にも思っていない様子だった。
「ごめんなさい、その日は、光との約束があるので」
僕は言った。
「光?ふん。」
美佐子は鼻で笑った。
「あの田舎くさい女に、あなたは私を優先するというの?」
美佐子は再び笑った。
「ばかばかしい」

全くです。
孝史が言う。
ばかだな、おまえ。
他の下僕どもが笑う。
しかしどいつも、卑屈な顔をしている。

「ばかばかしい、と言いますが、」
僕は言ってやった。その哀れなガラスの人形に。
「あんたみたいな、男を知らない娘と一緒にいちゃいちゃしているよりはましなもんでね」

一瞬世界が凍った。
孝史は、笑顔のまま、マイナス197度の世界にでも放り込まれたように、固まっていた。
彼にとっては美佐子が全てなのだ。彼女が全ての美意識の基本であり、彼女の基準に合わない者は全て、愚であった。
それは言わば、美佐子以外の女を知らないことの裏返しだった。
「ふ..、何を言うの?」
美佐子は言った、明らかにその目は泳いでいた。
彼女の瞳は、自分に蔑む男の顔は覚えていても、それに刃向かう男の顔は知らなかった。
その目は僕を正しくとらえてはいなかった。
ただ、彼女の体に群がる、無数の夜の虫の一匹位にしか、僕をとらえていなかったはずだ。
まさか、こんなあばた面の虫けらの一匹が、高貴な彼女に反乱を起こすとは夢にも思わなかったに違いない。
僕は他の何かしらとともに、彼女を貪った男一人ではあったが、その体を餌食としていながら、その目は常に蔑みに満ちていたとは、愚かにも、彼女は気づく余地もなかったらしい。

「ばか、ね」
美佐子は言った。僕をとらえきれないままに。
「光だなんて。」彼女は言った。ガラスは、いつの時代も美しい。その表面に傷の付くまでの、はかない時間の内においてだが。
「あんな、不細工、私は初めて見たわ」
全くその通りだ。僕は思った。
あいつは、美佐子に比べたら、不細工意外の何物でもない。
でかい口、鼻の穴。泥臭い口調。がっちりした顎。
どこをとっても、可憐な芸術品のような、美佐子の足元にも及ばなかった。
しかし、僕は彼女こそ、僕が最優先すべき女性だと思いつつあった。
「へっ」
僕は鼻で笑った。
「おまえは確かに、男もへつらう美女かもしんねえけどよ。」
僕は言った。
「きれいなだけの女はいくらでもいらあ。それに」
僕は皮肉に笑った。
「エロ本の中のきれいな女ってのは、一回見れば飽きちまうもんさ。おめえは、そん位の価値しか、ねえんだ」

彼女は、目に見えて紅潮した。
孝史は青ざめた。
僕はざまあミヤガレ虫けらめ、と思った。
「田舎臭え、女と言ったな、雌牛」
僕は言った。
「あいつのでけえ顎は、おめえみてえに好き嫌いしねえ。何でも食うし、何でも話す。変なプライドにかまけて不自由な思いしているおめえとは、格が違うんだよ」
美佐子は、依然紅潮したままだった。
彼女にとってはこのような事態は想定外のものであったらしい。
孝史は依然おろおろしている。彼は、美佐子の価値観に従う意外の何物をも、発達させてはいなかった、哀れな男だった。
「こんな、美人の5Pの相手になる位なら、」
僕は言ってやった。
「俺はあの不細工のために、一生を捧げてやる。」
僕の脳裏には、光の、あの不細工なでかい笑い顔が浮かんだ。
それは、確かに、女と言うのも憚られるほどの存在だった。
しかし、彼女こそは、自分を、一人の男として認めてくれた存在だった。
こんな、どの人間からも相手にされない、虫けらのような自分を、
気に入り、愛していますとまで言ってくれた、存在だった。
「ばかよ」
美佐子は言った。
「あんな、糞みたいな女」
そうですとも。
孝史は言った。
額には無数の脂汗が浮かんでいる。
それは、美しい女をもらってこそ全てという、既成概念に囚われた、哀れな男の姿に見えた。
「糞だと?」
僕は言った。
「糞でも、カスみてえなてめえと、いい勝負だ。おれを、認めてくれるのなら、糞とでも喜んでセックスしてやるよ。」
美佐子は言葉を失っていた。
孝史は依然青い顔をしていた。
彼の頭の中は、美佐子との関係をいかにして修復するか、その一点で凝り固まっているように見えた。
彼の思考はその範疇を超えて、美佐子を捨て去るという規定外の領域には達成できないほど、美佐子に心酔していた。
「孝史。」
僕は言った。
「哀れだな。おめえは虫だ。そんな整った顔していながら。」
僕はなおも言った。
「よく見てみな、この女を。50過ぎたら、どこを見て過ごすつもりだ?」
僕はそう言って、そのラブホテルのロビーを出た。
僕の頭の中には、不細工な光の笑顔がくどいほど浮かび上がっていた。
僕はネオンサインのきらめく街で一人苦笑せざるを得なかった。
しかし、世界で唯一、こんな、後先見えない自分をそうと知りながら、好きだと言ってくれた、その醜い愚かな笑顔を、
むざむざと見捨てるわけにはいかない気がして、僕は帰路を急ぐのだった。

○▲□ (まるさんかくしかく) - 13

星がなかったからかな、東京には。

2年前の秋、テツヤはそう言ってカタクリの下を去った。

「二年前、私は浪人生だった。」
カタクリは老夫婦宅での、質素な昼食の後、僕らに語った。
おばあさんが、流しで食器を洗う音がかちゃかちゃと響いた。

縁側に生える竹藪が室内に、涼しげな影を生み出している。
影は風に伴って揺れ、さらさらと鳴った。

おじいさんは、聞こえないのか、縁側の方を見ながら、一人たばこを吸っている。

「テツヤもそうだったの。私たちは二人とも、T大学の理学部を目指していた。私が化学で、テツヤは天文学を学ぶのが夢だった。」
「T大学!?」
カタクリが思わず声を上げた。僕も驚いた。
言わずとしれた関東の名門だ。そして、我が国における、最難関大の一つ。

「あくまで、目指してた、だけだけどね。」
カタクリははにかむように笑った。

「私たちは、目指す進路も似ていたし、抱える悩みも同じだったから、たちまち、仲良くなった。そして、それは気づいたときには、恋に変わっていた。」
カタクリはそこで、不意に、口をつぐんだ。
言葉が、思い出が、後から後から、口をついてきて、何から話せばよいのか、迷っている様子だった。

そうして、しばらく黙り込んだ後、
「で...、その年の秋に、」
ようやく言葉の糸口を見いだしたように、カタクリは継いだ。
「彼は、突然、姿を消したの。」

その別れ際つぶやいたのが、あの言葉だったという。

東京には、星がない。

「そんな、しようもないことって、私思ったわ。」
カタクリは笑った。その瞳は涙で濡れている。

「でも、彼は理由のないことは、しない人だった。何か理由があるって思った。」

カタクリはそれから、テツヤのいなくなった時間の中で、一人、その言葉の意味を考え続けた。
そして、彼が去ったわけを少しでも、理解しようと思った。

なぜだろう、何が、悪かったのだろう。
それを明らかにしない内は、前に進めない気がした。

「孤独だった。ただでさえ、支えが必要なときに、支えてくれるはずの人は、支えることを忘れて、かえって謎を残して、いなくなってしまったんだから」

むろん、試験勉強が、はかどるはずはなかった。
目の前の課題にすら集中できず、問題に取り組もうとしているようで、気がつくと、いつしか手元に残された、テツヤの掛けたなぞなぞをひたすらに解こうと、考えている自分に気づいた。

「その年の試験は」
カタクリは言った。はあ、と大きなため息をついて。
「落ちたわ。前年より、むしろ成績が落ちてたくらい。」
そう言って、また、力なく笑った。

涙が、ぼろぼろとこぼれた。
すかさず、シイタケがハンカチを差し出す。
おばあさんが、手ぬぐいを持ってくる。
僕は先を越されて、何かをしたくても、なすすべのないまま、その涙を見送った。

「ありがとう。」
カタクリは言った。
「ごめんね、」
とも言った。

涙を出し切ったとき、カタクリの瞳はまだ濡れてはいたが、すでに強い光に変わっていた。

「結局、その次の年も落ちちゃって」
カタクリは再び語り始めた。
「地元の大学に行くことにしたの。両親の薦めもあったし。でも...、」

「でも?」
シイタケは聞いた。気がつくと、おばあさんもいかにも心配そうな顔で、カタクリの顔をのぞき込んでいる。
おじいさんは、向こうを向いて、手に持ったたばこを吸い、煙を大きく吐き出した。
煙はおじいさんの前で燻り、けだるげに縁側の光の中に落ちて、静かに消えた。

「不思議な事ってある者ね。あるいは、縁というものかしら。合格発表の時にたくさんサークルの勧誘があったでしょう?あそこで、添田さんも勧誘してたの」
「ああ、」
シイタケが、うんざりした顔をした。
「知ってるの?」
僕は尋ねた。
「知ってるも何も」
シイタケは、その名を言うのもつまらないといった顔で、
「あの、カピパラよ」

「カピ...、添田さんは、」
カタクリは、少し居住まいを正して、
「添田さんは、そのとき熱心に私を誘ってくれて、いろいろと説明してくれたんだけど、その中に、この星見村のミステリーサークル造りの話もあったの。」
僕らにあれほど冷淡に接していながら、カタクリには積極的な勧誘をしたというカピパラを想像し、僕はあきれた。
あれで意外に、かわいい子には目がないのか。
あれに、その資格はあるのか?

「...あたしには、無言でチラシ渡しただけだったわ。」
シイタケは言った。
「...意外とシャイなのね。」

「星見村って名前は、」
カタクリは続けた。
「実は聞いたことがあったんだ。テツヤから。ちょうど、私の前からいなくなるちょっと前にも、数日間出かけていたの。私は、模試があるから出なかったけど、彼はそれを休んでまで。毎年この時期には、星を見に出かけるって言ってた」
星見村は名前の通り、非常によく星が見える事で有名なのだそうだ。この場所は高さもあり、街から遠いため、年中星がよく見えた。

「添田さんは去年も行ったって言ってたから、私、ちょっと迷ったけど聞いてみたの、こういう風貌の、男の人はいませんでしたかって。そしたら、居たって。」
カピパラは、黒ヤギとともに、この老人宅に泊まり、同じ釜の飯を食い、そして、一緒にサークル造りに汗を流したという。

ちょっと見た目暗かったけど、
話してみると、普通だった。

前歯を忘れた顔で、そう言っていたそうだ。

「私それから、相当動揺して。」
カタクリはそのときを思い出したかのように、自分の胸に両の手を当てた。
「もう二度と、会わないと思っていて、忘れようともしていた矢先に、こんな事になっちゃったもんだから。でも、気づいたら」
そう言うと、シイタケの方を向いて微笑んで、
「アカネちゃんに、私も混ぜてって、言ってた。」

「まだ、好きだって事?」
シイタケは尋ねた。
「もう、よく分からない。」
カタクリは言った。かすかに笑っていた。
「好きになって、放り出されて、悩まされて、苦労もして、それで忘れようとして、結局思い出して、またこんなことになって」
カタクリは何かを振り払うように頭を左右に振った。
まっすぐな髪が水のようにさらさらと揺れた。
「振り回されてるって考えても、腹が立つし、結局振り回されてる気がするし。それでも、いずれにしろ、」
カタクリは、そこで大きく息をつき、
「これで終わりにしたいの。」
と言った。

それは、悩むのを終わりにしたいという事だと、僕は思った。
その終わり方が、黒ヤギとの決別を意味するのか、それとも、関係の修復を意味するのか。
そのどちらなのかを、僕は更に本人に聞くことはできなかった。
おそらく本人も、どうなるのか、自分がどうしたいのかをそのとき、その場面になってみるまで、分からないと思っているのだろう。

「恋って、面倒なものよね。」
シイタケが、開き直ったように言った。
「好きだって単純に思っている内はいいんだけど、時間がたつごとに、」
短い足を畳に投げ出して、天井を見上げ、誰とは無しに、語りかけた。
「ちょっと恨んでみたり、誤解してみたり、疑ったり、それらが全部思い過ごしだったり、あるいは全部真実だったり。そうして、いろいろ、妙な色がごちゃごちゃと混じってきて、」
そこで、ふう、と息をついて、
「結局なにがなんだか分からなくなるんだけど、やっぱり遠くから見てみると、一つの恋なのよ。まるで...」

「使い古しの、男のパンツみたい」

...。せっかくいいところまで、言ったのを、なんだかすくわれた気がする。

僕の中には、ベランダにつるされた、おしりの部分の薄くなって、模様がくすみ、色が変わり始めた僕のパンツが、西向きの風に頼りなく揺れる様が浮かんだ。
恋とはつまり、あれなのか。

「ふふっ。そうかもね。」
カタクリは意外に納得している。

「でも、いつまでも、そのままじゃいけないわ。なんだか、みっともないもの」
カタクリは笑った。
シイタケも、併せて笑った。
僕はその姿を見ていた。なんだか、うれしかった。

おばあさん、おじいさんも、いつしか、微笑んでいることに、僕はその時ようやく気づいた。