2008-04-20

溺れる魚

何かを探して、街を歩いた。

いつも行く、中古品店。
ホームセンター。

行ったことのない繁華街。
人通りの多い中央の商店街。

若者の群衆に紛れ、
老人の間を縫って、

品物と品物の間を
流通と流通のその結合点を
僕は一人駆け抜けていく。

出所の分からない嘲笑が聞こえる。
それは行き場所の分からない笑いでもある。

誰かが、大声を上げている。
親しげに誰かを呼んでいる。


無数の人間の中で、彼らの見ている物はおそらくただ一人。
Focus.
個別の存在と無数の不在。
それは周りを捨てることでもある。
情報過多の世界におぼれないために、その海を否定せよ。


渦を巻く人間の中で、何度も繰り返される
そうした感情の漏出にいちいちおびえながら、
それでも僕は何かを探して歩いた。

入ったことのない店にも何度も立ち入り、
通ったことのない通りにさまよって、

一度来た道を三度も四度も往復したあげく
もう一度階段を駆け上がったりして。

それでもそれは見つからなかった。

僕はその時気づいたのだ。
僕もまた、海を見ていなかったことに。

溺れる魚は空気を否定し
陸に上がり空気に溺れ

鍛え抜かれた魚眼のレンズは、
陸で物を見る能力を持たぬことすら知らずに
己の目だけを頼りに躍り上がる愚者よ

見ようとしなければ
何物も見えない事実を無視し
捜し物から同時に目をそらしていた矛盾する現実

過ちに気づき、見上げた天にもう太陽は見えず
あざ笑うような群青色が僕を干す

もう一つ気に入っている物

休日に一緒に過ごすかけがえのない物をもう一つ

詩集。

先日亡くなった、
茨木のり子さんの『倚りかからず』と言う詩集がお気に入り。

この方は、
『自分の感受性くらい』
という、軟弱な自分を、そして人々を叱咤激励するような詩で有名な詩人。

今回の表題作も

もはや できあいの思想には寄りかかりたくない

と言う一文から始まる自立の詩。

この人の詩はいつも、凛とした緊張感がみなぎっていて
聳える樅の木のような真っ直ぐな言葉に、
グニャグニャに曲がったヘチマのような自分が、
はっきりと投影されてしまう、そんな力のある詩だと思う。

あとは、もちろん宮沢賢治の詩集かな。

最近、賢治の詩は
どれも、ズーズー弁訛りの標準語で読むと、
意味が真っ直ぐ伝わってくることに気づいた。
(『永訣の朝』では泣きそうになった)

“アメニモマケズ”では、この読み方は有名だけれど、
他の詩でもこれは通用するようだ。

ちなみに茨木のり子はちょっとあきれたような口調だと感じが出る気がする。

独り身の暇つぶし。
でも、二人じゃ、できないよね。

恋人はペリカン

最近、休みの日は、愛用の安い万年筆(ペリカン)と一緒に過ごすことが増えてきた。

コンビニで買った一冊のリングノートに
思い浮かぶ言葉を、物語をひたすら羅列していく。

紡ぐ。
そんな動詞が、本当によく似合う作業だと思う。

なんの方向性もない、綿くずの集まりを寄り合わせ
一定のねじれと向きを持った糸に加工する作業。

物語を書くのも、それにやはり似ている。

自分の場合には、紡がれた糸が、ちっともできが良くなくて、
所々糸が太くなったり細くなったりしてしまっているが
上手な人の紡いだ物は、その太さが一定で、
初めから、終わりまで、仕上がりが安定していることが多い。

最近読んだ本で、そう言った安定した、落ち着いた雰囲気を感じたのは

堀江敏幸さんという作家の、『雪沼とその周辺』(新潮文庫)。

群像劇的な短編集だが、全体が緩く繋がっていて、
そしてそこに流れる時間もどこか共有されている。

枯れた、しかしそれでいて、生命力を失ったわけではない、
大人の空気。

この方は決して売れっ子小説家ではないと思うが、それでも
この人しか書けない空気を持っている。

最近読んだ本の中で、1,2のお気に入り。

ちなみに、今試しに書いているのは、
Oさわ氏のリクエストがあった、あれ。

今は、『僕』と『彼女』の間の
エピソードを書きためている段階。

自分の経験の引き出しが少ないので、
案の定、苦労しております。

前半コミカルに
後半シリアスに

どうやらそんな展開になりそう。

まあ、気長に待って。
お宅のお子さんよりは、早く生まれるとは思うから。

月夜

何事も前に進んでいないのに

なんだか少し前を向いて

歩いていけそうな気がした


ハンバーガーショップの店員さんの顔を、じっと

見つめる勇気が湧いたのは、

ずいぶん久しぶりだと思う。


Keyboard売り場で
鮮やかな手つきで鍵盤を打ち鳴らす、
紳士的な風貌の若い背広のお兄さんを
何度となく見つめながら

人前でも、自分を見せられる
その自信と
その音色の持つ無機質な哀愁に
思わず吸い込まれた自分

蛍光灯の、あきれかえるほどの渦の中で
自分の星を見失い星を探して歩いた

気がつけば大きな満月が
趣向を凝らした近代的なビルの向こう側に
白熱灯のような光り方をして

合理性を追求した末に
ある一定の目的を設定されたが故に
それらが必然的に沈殿して
築き上げられたこの巨大なartifactと

ただ、そこにある、月との秘密めいた会話に
思わず耳をそばだてた
月ほども空を飛べない一個の塊

いつもより世界がはっきり見えるこの感覚を
もう二度と失わないように

塊は夜空
恋人とじゃれ合いながら
ひそひそ話を続ける月に祈った