どうなることやら。
わたしはふと、あたりが静かになったことに気づいた。
見ると、すでに外は暗くなっており、お客は私たちだけになっている。マスターの様子も、どこか所在なげだ。時刻は7時を回っている。もうじき閉店だ。
「帰ろうか」
わたしが立ち上がり、そう言うと、彼は大きな目を見張って、わたしを見上げた。その目はまだ、きらきらと輝いている。
オレンジ色の街路灯が照らす下を、私たちは並んで帰った。
わたしが話すことは、もう無い。
おそらく、彼が何か話してくれることもない。彼の思いは未だ、UFOがなぜ、わたしの記憶を消さなかったのかに食らいついているのだろう。
あーあ。こんなことだったら、こんな話で誘うんじゃなかった。わたしは後悔していた。彼がどれほど熱っぽくわたしを見つめていても、彼が見つめているのはわたしの話した、わたしの話の中のUFOなのだ。
存在するかもはっきりしない、そんな物に向けられた瞳は、目の前に存在する、わたしのいくつもの努力や、唇に重ねたグロスの光にさえ永久に気づくことはない。
コーヒーの違いだって、たぶん。
UFOなんて、嘘だって、早く言ってしまうんだった。こんな切ない思いをするくらいだったら。
これじゃ、今まで、彼の、UFOへの愛情を丸一日、見せつけられに来たような物だ。
これは、嫉妬なのかもしれない。UFOへの嫉妬。ばかばかしい。
彼の心は、もはや、遙か彼方、1000万光年の向こうまでUFOを追いかけて飛んで行ってしまっている。人間のチカラでは1光年の空間すら、飛び越えられないというのに。
わたしは、空を見上げた。明るい町の夜空に、星はほとんど無い。空に見える唯一の星。あれは北極星だろうか。
歩いても、歩いても、北極星との距離は一向に縮まらない。それは天の同じ位置にあって、冷たい青い光を、瞬きながら、私に投げかけている。
前を歩いていた、マサトが止まった。
わたしも思わず、横に止まった。
ここは十字路。
彼の家は向こう。わたしはこっち。
「じゃ」
彼は言った。
「じゃ」
わたしは言った。
彼はしかし、そこから動かない。
わたしもそこに残って、彼の次の言葉を待った。
「UFO探しに、また、一緒に行ってくれる?」
なんだ、また、UFOなのか。またわたしは、努力して、あの切ない思いをしなければならないのか。
「UFOなんて、いないよ。わたしの言ったのも、すべてウソ」
わたしはもはや、うそをつきつづけるきにはなれなかった。
「そんな、あるかないかもはっきりしない何かを追い求めるより、あなたの目の前のことをもっとしっかり見つめたら?」
わたしは言い捨てた。
これでいいのかもしれない。これで、彼が今よりもう少しでも、普通の感覚の人になり、もっと普通に、人とつきあえるようになれば、元々、いい人だし、彼はきっと幸せになれるだろう。
わたしではない、別の女の人と。
彼はしかし、じっとそこに立っている。
自分の足下を見つめている。
わたしの言ったことがきつすぎたのだろうか。わたしはそれでも、彼があんまり動かないので、多少気になっても彼を起き捨てて、先に帰ろうと思った。
「待って」
彼の声にはっとした。
反省してくれるの?
考え直してくれるの?
やり直すの?
わたしをもっと見てくれるの?
彼はゆっくりとわたしの目を見て、言った。
「UFOは、いるよ」
わたしは、うんざりした。持っている物を投げつけて、さっさと帰ろうと思った。
くだらない、くだらない、くだらない。
ほんの一瞬でも、期待してしまった、わたしが馬鹿だった。
「でも、UFOはなかなか姿を現さない。」
しかし、彼は続ける。
「そこにいることはわかっているのに、そこに手をかけるすべが、見つからないんだ。」
...なんだ、わたしと同じなんだ。
お互いに、お互いをもっと近くに寄せ合うすべを知らないまま、どうしていいのかわからなくて、まごまごしていただけなんだ。
21、にもなって。わたしは思った。高校生にも、笑われてしまいそう。
わたしはふと、再び夜空を見上げた。
星の少ない空の上を、一機の飛行機がちょうど西から東へ飛んでいくところだった。
飛行機の両翼の赤い灯火が、滑るように、闇の中を進んでいく。
わたしはそれを、何とはなしに、目で追っていたが、あることに気づいて、思わず、彼の元に駆け寄ってしまった。
北に見たはずの、北極星はいつの間にか、見えなくなっていた。
夜の明るいこの町で、そもそも、北極星など、見えるはずは、無かったのだ。
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