2008-04-01

○▲□ (まるさんかくしかく) - 12




星見村に着いた僕らが、まず真っ先に向かったのは、地元の農業青年団の団長、安西さんのところだ。この方は毎年カピパラ元部長がお世話になっている方で、今回のミステリーサークル造りの総指揮をとっていらっしゃる方なのだそうだ。

村役場の向かい側に農業青年団の事務所があり、そこに僕らはそこの会議室に通された。事務所と言っても建物はプレハブの簡素な物で、会議室も、事務室の真ん中に簡単なソファとテーブルを置いた程度に過ぎない簡素な物だった。

会議室に通されると、ややしばらくして、中年のおじさんが現れた。

「やあやあ、よく来たね」

なかなか恰幅のいいおじさんで、誰だか知らないが相当に偉い人のようだ。
泥の付いたゴム長靴に上下の作業着。首にはマフラーのようにタオル。
“JAほしみ”と書かれた、野球帽をかぶっている。

「大学生かい」
「はい。一年生です」
そう言うと、おじさんは大げさに驚いて見せて

「一年生かい、しっかりしてるねえ。この間まで、高校生だったていうのに」
うちの子にも見習ってもらいたいよ、とおじさんは冗談めかしていって、
はっはっはあ、と豪快に笑った。大きな太鼓腹が波打つように揺れた。

背中に袋を背負わせたら、布袋さんかサンタクロースみたいになりそうな人だ。

この人は、誰なんだろう。
いきなり目の前に現れた福の神のような風体のおじさんに、僕らはあっけにとられた。

そんな僕ら三人の唖然とした様子に気づいたのか、
おじさんは、はははと申し訳なさそうに笑って

「私が、青年団の団長の安西です」
と言った。

青年団の団長って、おじさん、だったんだ...。

あたりを見渡すと、すでに、他の青年団の構成員とおぼしき方々が勢揃いしている。
ほとんどの方が、どう見ても中年だ。

「青年団って、言ってもね」
安西さんは言った。
比較的若い農家の集団ってだけで、本当に青年である必要はないんだよ。街から来る人、よく勘違いするんだけどね。」

比較的若い、と言っても、ほとんどが中年なのだから、おのずと、
この村の人口の構成が読めてしまう。
恐ろしく、過疎の集落のようだ。

「この村には元々、若い人は乏しいから。青年団も年々、高齢化していてね。君らのような若い活力が必要なんだよ」
安西さんは、手を後ろに組んで寂しそうに言った。

「今、農家はなり手が不足していて....、全く、土から離れたら、人間は生きていけないというのに、みんな街に行きたがる」
おじさんは、後ろを向いて言った。おしりも、おなかも、同じような人だと、僕は思った。

安西さんはしばらく感傷に浸っていたが、やがて身軽にくるりと振り向いた。
僕は昔、テレビでこういう体型のダンサーが軽快に踊る様を見たことがあったのをふいに思い出した。こういう丸形の人ほど動きがよい。普段から、自分の体を支えるために、足腰の筋肉が発達しているためだろうか。

「まあ、それはさておき、君たちと一緒に作業してもらう団員を紹介しましょう。オ胃!佐武朗刃稲画ガ!」
おじさんはそれまでとは打って変わり、突然意味不明な奇声を上げた。

すると、集まった団員の後ろの方から、出てきた者がある。

「あっ」
「あっ」

シイタケとカタクリが、ほとんど同時に声を上げた。後ろから出てきたのは、先ほど、子鹿を埋める穴掘りを手伝ってくれたあの好男子だ。

「うちで、一番若い方に入る、及川 佐武朗 (オイカワ サブロウ) 君だ。この辺は及川って名字が多いから、佐武朗って呼んでやって下さい」

佐武朗は一歩前に出てぺこりと頭を下げると、
「昨季波動モ、及川佐武朗デ巣。よろ氏具尾根解します。」
と、またしても意味不明な言を述べた。

「佐武朗面宇地っと表寿ンゴ者部レ音駕?」
安西さんが佐武朗になにやら言った。
佐武朗はすまなさそうに、頭をかいている。

「いや、この佐武朗は、学校に行ってもさっぱり勉強しなかったもんだから」
安西さんはあきれた様子で言った。
「標準語があまり上手ではなくて、このあたりの方言丸出しなのです。ちょっと聞き取り難い時もあるでしょうが、勘弁してあげて下さい」
佐武朗はそう言われて、また頭をかいた。他の団員達は、はははと笑った。
見た目より、ずいぶん若いのかもしれない。

「じゃあ、まず荷物を置いてきた方がいいでしょうから、今日明日泊まる家に、先にご案内しましょう。あとで、また来て下さい。ここから、もう少し、奥に入った沢のそばです。佐武朗に案内させますから、ついて行って下さい」


佐武朗の軽トラックの後について、僕らは一件の古民家に案内された。
「背ん所為ー!手で器多度ー!」
佐武朗がよく通る声でそう叫ぶと、ややあって、中から一人の老人が出てきた。

「やあ、よくきたねえ」
と、老人は応じた。相当な高齢らしく、背中もだいぶ曲がっているが、なんだか生来の品の良さを感じさせるおじいさんだ。

「あら、あら、」
後から、おばあさんも出てきた。こちらの方も、相当に品がいい。これほどの田舎に暮らしているのに、ちっとも泥臭さを感じない。

「こんにちは」
「こんにちは」
シイタケとカタクリが口々に言った。
「こんにちは」
やや言いそびれて、僕が言った。

「私が、斉藤留藏 (サイトウ トメゾウ) で、こちらが妻のトメです。」
老人は矍鑠として言った。

「弧ノヒト破斉藤旋性ダ」
佐武朗が言った。
「まあ、先生なんですか?」
カタクリが言った。
「あはは、先生と言っても」
老人は軽快に笑った。
「私は引退してもう、何年にもなります。最後に赴任したこの地区が気に入って、妻と住むことにしたんですわ。」
トメさんは夫のその話をにこにこしながら聞いている。
「この佐武朗も、私の教え子の一人です。」
留藏さんは言った。
佐武朗は、苦み走った渋い顔で、また照れたように頭をかいた。

「ところで...」
老人は佐武朗の方を振り向いた。
「今日泊まるのは、じゃあ全部で4人かな。」
老人がそう尋ねると、佐武朗はそうだ、と言うようにうなずいた。
「四人?誰か、他に来ているんですか?」
シイタケが老人に尋ねた。
「はいはい、先刻、お先に参られた方が。」

トメさんがそう言ったとたん、家の中から、一人の男が出てきた。

暗がりから表に出てきたその男は、すらりとした細身で、背は僕よりやや高いだろうか。黒い髪をぼさぼさに伸ばしていたが、不潔さは感じられなかった。ただ、全体的に、暗い印象を受けた。

「おでかけ、ですかな?」
留藏さんが、そう気さくにに声を掛けると、男は、ええ、とようやく聞き取れる声で手短に言って、近くに止めてあった車に乗ろうとした。

その際、ふと、こちらを見て、何か気になったのか、しばらく観察するようにしていたが、やがて、小さく左手を腕を上げて会釈すると、何も言わず、車に乗り込み、走り去ってしまった。

「あの子は、常連でねえ。」
トメさんが言った。
「去年も、一昨年も、そのもっと前から、手伝いに来ていただいているんですよ。この村が好きだそうで、いつも一週間ほど滞在していかれます。」

「なんて名前の方ですか?」
シイタケがおばあさんに尋ねた。

「テツヤ」
小さな声で、カタクリが言った。僕らは驚いて、振り向く。

「クロヤギ テツヤ...」
カタクリは、うつむいたまま拳を握りしめ、小刻みにふるわせていた。

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