2008-03-29

○▲□ (まるさんかくしかく) - 9

さらに、自分で考えて、ちょっと怖く思ったのが、外から見たら、僕とシイタケが並んで、二人きりで、どこかにお出かけしているように見えてしまうのではないか、と言う点だ。

車の後部座席など、外からちらっと見たくらいでは、暗がりになっていて、よく見えない物だ。誰か、ふと、この目立つ車を見かけた人が、うっかり僕とシイタケしか認めなかったとしたら、それこそ天地の終わりだ。

ただでさえ、しばらくの間、事実上、僕らだけのサークルになっていて、変な誤解や偏見を生み続け、否定するのがやっとだったというのに。こんな衝撃的なシーンを押さえられたら、週刊誌に撮られた芸能人よろしく、明日の一面を飾ってしまうだろう。

「なーんだ。前から仲いいな、とは思っていたけどやっぱりね...。」
そんな同級生の白い目が、まぶたを閉じれば浮かんでくるようだ。

「あいつ、ああいう子が好きなんだ...。」誤解。
「そう言う、趣味なんだ...。」偏見。
「うけるん、ですけど」嘲笑。
「なあ、みんなで、応援しねえ?」余計な、お世話..。

やめてくれ...。


「真島君、顔色悪いよ」
カタクリが、後部座席から、僕の顔をのぞき込んだ。

なんて、きれいな人なんだろう。

カタクリとの恐怖の妄想におびえていた僕には、その眼差しが、地獄で救いの光を見つけたようにすら感じられた。間近に突きつけられた、カタクリの小さな顔を見て、改めて思った。

シイタケとは、大違いだ。

小さな顔の中の大きな瞳は、森の奥深く澄んだ湖のように濡れている。そして、その下には遠慮がちで、しかしけして主張しないわけではない唇が美しく咲いていた。しかし、表面の穏やかさとは対照的に、僕は白く透き通るような肌に差したかすかな茜色に、その肌の下をめぐる隠された一個の熱を認め、狼狽えた。かすかに香る柑橘系の香水。そして肌そのものが放つ香り。僕はもうその頃には、カタクリがそこいることにも慣れ、いちいちどきどきしなくなっていたはずだった。しかし、こうも、間近に突きつけられると、今までの遠くから見ていただけとは、全く感覚が変わってしまうのはなぜだろう。見ることと、においのように他の五感で感じることの間には、大きな差がある。僕は、カタクリの肌の温度まで感じてしまった気がして、思わずそれに見とれていた...。

車は突如がたりと揺れて、僕らは大きく揺さぶられた。

僕の体は、半ば吸い込まれるように彼女の、その麗しい口元へ...、


...行ったら、良かったのに。
この辺は、お決まりだ。


車は僕の方へ傾いたため、運転席と助手席に挟まるように、僕をのぞき込んでいたカタクリはそのままに、僕だけ思いきり、ドアに頭をぶつけてしまった。

「ありゃ...、よけきれなかった。何か踏んだかな。」
運転席のシイタケはそう言うと、車のスピードを落とし、路肩へ停車した。

すでに高速道は降りており、舗装されているとはいえ、山の中だった。シイタケは、後ろから、後続車が来ないことを確認してから、車を降りた。僕は、一瞬限りなく近づき、そして直ちに遠ざかった物に、相当な未練を感じ、遠ざけた何物かに憤っていた。

しかし、カタクリは余計に、音が鳴るほど頭をぶつけた僕を心配し、思わず僕の頭に手を当ててくれたので、僕の渇きは、すぐにいやされた。

車の中という密室に、二人きり。それを意識し始めると、僕はにわかに緊張した。静かな車の中で、カタクリの、息づかいが、聞こえる。ハザードランプの、かちかち言う音が、自分の心臓と、呼吸と、リンクし、同期し始めたかのようにも感じた。しかし、呼吸も、心臓も、その均衡を破り、努めて、前に出ようとする。次第に、荒く、激しくなる。その息づかいが、鼓動が、カタクリに聞こえてしまわぬかと心配すればするほど、余計それらは高鳴った。

う..うん。

後部座席で、カタクリが小さく咳払いした。居心地の悪さを振り払うようにも感じた。
このまま、こうしていたら、僕たちはどうなってしまうんだろう。
恐怖と、期待と、衝動のような物が、心の奥底にマグマのように沸々と煮えたぎっているのが見えた。

時間がたてば、このマグマはやがて、見境無く、あふれ出すだろう。
そんな気がしていた。

ハザードランプは、かちかち言っている。
僕らは息を潜めている。

このまま、このまま、シイタケが、永遠に、戻ってこなければいい。
僕はそこまで考えた。
後続車に...。

しかし、幸か不幸か、そうはならなかった。
彼女はどこまでも、僕らのふさぎ込んだ空間を壊すためにこそ、
存在しているのかもしれない。

シイタケは、すぐに車に戻ってきた、そして、運転席を空けると、僕に向かって、
「ちょっと降りてきて、」
と言った。

僕は、降りる気など毛頭無く、正直、勝手にしろとも思った。

しかし、僕の心とは裏腹に、カタクリはシイタケに倣ってすぐに車を降りたので、僕は車に残る動機を失った。
そして、彼女らに従って、僕も渋々車を降りた。


車を降りると、数メートルほど後ろで、シイタケが、道路の真ん中に転がった何か赤黒い物体を指さしていた。

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