2008-04-17

花切り男

チューリップの花を
切って歩いた男の
行為は許せないにしても

その時の、その男の気持ちは
何となく想像できてしまう。

春は、格差の季節。

春を喜べる物が、笑顔を振りまく一方で

置いてけぼりの春を、苦く噛みしめ、地中に潜る人間もいる。

いつか、芽が出るとは
誰も保証してくれないので

せめて、目に見える範囲からでも
春をつぶそうと、
彼は夜な夜な
春をつぶしに、土の中から、這い出す。

そうして、彼の周りだけでも、
春が遅れれば、
彼の焦りも、苦しみも、

束の間、解放されて
彼は、終わることのない、冬、あるいは、秋の季節の中で
静かに、まどろむのか。

そんな局所的な遅延など、
大きな春のうねりの中では、焼け石に水に過ぎないのは
男自身が最もよく分かっているだろうが、

そうせざるにはいられない、
何か脅迫的な物に突き動かされ、
男は夜な夜な花を切る。

野菊も、タンポポも、
その光景を確かに見ていたはずなのだが、
花の先を閉じたまま、
そのことについて、何も語ろうとはしてくれない。

彼らは、数万年の昔から、
春に仇なす愚かな人間達を、何度となく見てきたから、
今更、そんな物を、何も珍しいとは思っていないのかもしれない。

ただ、春先に吹く突風か、
突然の雨か
遅霜位にしか、その災難を
考えてはいないのかもしれない。

人間が植えた花を、人間が摘み取っているうちには
彼らにとって、野菜の収穫と
何ら代わりのない光景に映るのだ。

ただ、切り取られた花こそ、災難であるにしても。

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